伝次郎の家のイメージが決まってきました。それを画像にしたイラストがこんなふうになりました。

2階建てでも平屋の形をした「伝次郎の家」のイメージを画像にしてみたかったのです。

それは、介護保険制度が始まった20年前から始まりました。 住宅改修の工事をする為に、施設に伺った時に感じたことでした。 施設に入ったばかりのご高齢の方々は、最初、声掛けをすると、元気にお返事を返してくれたのですが、1週間も経つと声も出さなくなり、元気もなくなっていくご様子でした。 「自分は施設には入らないで、なんとか、わが家で一生過ごしたい」そんな気持ちになりました。

3年間に350軒程の住宅改修工事をやりました。一軒一軒、高齢者の家を廻り、高齢者が、その家で自立して生活していくには、何処へ手すりを付けるのが良いのか、転ばないように歩くには、どの部分の段差を無くさなくてはいけないのか。 このような目で、改めて建物を見ると、なんと、住まいの中の障害物の多さに考えさせられました。自分で工事をした家でもないのに、何故か反省させられるような気分になりました。

このような事がきっかけで、「施設に入らないで、一生、わが家で生活したい」、このことが始まったのです。 長い間、建築の仕事をしている訳だから、その自立を妨げる障害物の多くは、建物の作り手側の理由に依るものが、多く有ることも分かっていました。だから反省も多くあります。

その他のことも色々なことも分かってきました。建築の施工上のことだけではなく、昔からの日本の慣習・ものの考え方の違い、にもあることが分かってきました。1973年にスウエーデン政府は、障害が起きても、高齢になっても困らないように、1階には寝室があること、廊下の巾・ドア巾は車椅子が通れる巾を確保すること、このようなことが法律化していたのです。 その他にも理論的に「住まいの工夫」の大事なことも分かってきました。例えばサニタリーシステムなどです。

最初の内は、頭の中だけで分かっているようで、漠然として形にならないもどかしさのようなものがありましたが、このような気持ちで何軒か工事をする内に、徐々に伝次郎の家の構想が固まってきました。  このイラストが、そんなイメージのつもりです。

根底に流れている考えは「施設に入らなくても、わが家で一生過ごすことが出来る」  その方法として、”家は居住福祉の考えで作られていないと駄目ですよ”   ”障害が発生しても、高齢化しても家に住み続けるには、家に大事な仕組みを施してないと駄目ですよ”   ”心と身体の健康は、家からのダメージからも守られなきゃだめですよ”、この三つが大事なことだと意識するようになりました。

勿論、これだけではなく、現実に起きている建物の障害などについても、お話をしていきたいと思っています。  次回のクリナップでのお話は、3月1日(日曜日)朝10時15分からです、お役に立てるお話をさせて頂きたいと思いますので、是非、お越しください、お待ちしています。